2012年8月25日土曜日

No.238 8月25日(土)日伊友好の歴史


今日8月25日は、イタリアと日本が1866年に通商条約を締結した日です。
同時に、
7年後の1873年(明治6年)8月25日にイタリア国王室が伊太利亜国軍軍艦ガリバルディ号で世界一周の途中、初めて(日本)横浜港を訪れた日でもあります。
この時代の日本と伊太利亜(イタリア)の関係について横浜を舞台に
少し紹介しましょう。

イタリア王国 国旗
日本とイタリアの出会いは?
13世紀に遡ります。
歴史上有名なイタリア人、マルコポーロが日本をジパングとして紹介した事に始まりますが彼は中国で日本を知り紹介どまりでした。
両国の通商が始まるキッカケとなったのが欧米列強の5カ国通商条約締結でした。イタリアも遅れて1866年8月25日(慶応2年7月16日)に日伊修好通商条約を締結します。締結目的はイタリアにとって、日本の絹が必要だったからです。
絹交易の歴史は「シルクロード」の名があるように6世紀から中国の上質な絹を求めてヨーロッパと中国の交易が盛んになります。
次第に自国でも絹の生産が行われるようになってきますが、中でも北イタリア地域の絹が生産力と技術力でブランド力を付けていきます。
現在でも世界有数の高級シルクの集積地が北イタリアのコモです。
(コモと横浜については最後のところで)
絹製品はヨーロッパの王室・貴族、中産階級に絶大な人気商品でした。ところが、1850年代の終わりから60年代初頭にかけてヨーロッパでは毎年蚕卵に悪疫が発生し、中でも絹産業が売り物だった北イタリアは、大打撃を受けます。すでにオランダ経由で日本の絹の水準を知っていたイタリアは積極的に日本との通商条約締結に動きます。
この時に通商使節として来日したマジェンタ号船長、海軍中佐ヴィットリオ・アルミニヨンは見聞録を著し、幕末の日本の様子をかなり好意的に紹介しています。通商条約締結によって日伊交易が開かれますが、締結直前の1860年までイタリアは群雄割拠の小国分立状態でした。1861年にサルデーニャ王国がイタリアを統一しイタリア国王が成立し、サルデーニャ国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が統一イタリアの国王となり、富国強兵のために絹産業の復活が急務だったのです。

1873年(明治6年)8月25日、横浜港に入港したガリバルディ号には、艦長デル・サント大佐以下乗船員とジェノバ公候トンマーゾ・アルベルト・ディ・サヴォイア殿下が乗船していました。
王室 紋章 これスカーフ?ですよね
彼らの詳細な行動記録は(未調査のため)不明ですが、世界一周の途中日本に立ち寄ったものです。

(ジェノバ公候)
トンマーゾ・アルベルト・ディ・サヴォイア殿下はイタリア王国の王族で、第2代ジェノヴァ公です。1854年2月6日生まれで、横浜港を訪れたときは、19歳の若さでした。

1869年(明治2年)に欧米列強の中では最後となった日墺修好通商航海条約のオーストリアも世界一周の途中に横浜港を訪れます。
No.231 8月18日 (土)give a twenty‐one gun salute.
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/08/no231-818-give-twentyone-gun-salute.html
この時代は、軍艦による世界一周は“国力”を誇示する重要な軍事プレゼンスでもありました。アメリカ海軍による太平洋艦隊の大プレゼンス(1908年)は有名です。(別項10月18 日で紹介します)

1873年(明治6年)にイタリア皇室が横浜に入港した同時期、1873年(明治6年)の5月から6月にかけて日本の岩倉使節団が10番目の公式訪問国イタリアを訪れ、約一か月間滞在し9月に横浜に帰港します。

(コモ・ヨコハマ)
北イタリア、スイスに隣接するコモは、古代よりローマ帝国皇帝やユリウス・カエサルが保養のために訪れた高級リゾート地であると同時に、シルク製品の集積・生産地としてトップブランドを誇っています。
コモのシルク産業の歴史は16世紀にまで遡ります。桑の栽培、養蚕にはじまり、18世紀にはシルク製品の生産を開始します。
他のシルク生産地が(中国の上質で安い絹に負け)産縮小する中こつこつと歩みを重ね、1861年イタリア統一を経た戦後、最盛期を迎えます。
かつてはネクタイ等の「先染織物」産地として有名でしたが、近年「後染織物」が主流となっています。織り上げた生地に染色やプリントを施した衣服やスカーフなどを生産、アルマーニやグッチ、プラダ等のイタリア・モード・ファッションの供給基地の役割を担いヨーロッパのシルク製品市場の約80%を占めていましたが、欧州不況でシルク産業が急激に縮小し危機的状況と言われています。

実はコモと(かつて)並び称されたのが横浜のシルク産業、中でも型染めの捺染はコモかヨコハマかと競った時代がありました。戦後、世界の需要が中国、ベトナム産にシフトし横浜捺染業界は一気に縮小します。
が、それでも 技術力・開発力のある企業は横浜もコモも同様に生き残っています。
(横浜とシルクのテーマも欠かせません。どこかでまとめたいと思います)


(余談)
横浜・イタリアといえば ナポリタン!ですね。横浜ニューグランドホテル発の洋食ナポリタンは、横浜オリジナル!です。
http://naporitan.org

0 件のコメント:

コメントを投稿