2011年7月26日火曜日

界隈と境界

最近気になる言葉の一つに「界隈性」がある。
25年前から界隈性に関心を持ってきた自分としては おや!と思った。
どうも 行政の使うキーワードは「疑念」をえがく自分だが、
まちづくり(用語)に界隈性という言葉が頻繁に現出している。
定義
地元商店街の賑わいや生業の活気といった、生活感あふれる雰囲気を感じさせる個性的な街並みについて、界隈性が高いなどという。個々の非合理的条件が全体としては合理的にまとまっているような状態をいう。

「個々の非合理的条件が全体としては合理的にまとまっているような状態」だって。なんとみごとな表現だが、苦しまぎれともとれない。
界隈性とは「場」を前提としたある境界を示す言葉だ。

以前書いた 私の「界隈」説明文
暮らしの“場”に思いを寄せるとそこは「界隈」になる・・・
日頃、私たちは界隈という言葉を何気なく使っています。「元町界隈」「港町界隈」といった使い方をします。あるエリアに関心を持ったとき、“文化”“人”“暮らし”などの情報や、経験、印象が重なり合ったときに私たちはその場所を「界隈」と呼びます。

単純に界隈は「あたり」「付近」のことなのだ。
そこに 共有するその空間(場)がもつ 特性が交感されると「界隈感」になり
「あああの界隈ね」になる。

アフォーダンスについて考える

アフォーダンス。聞き慣れない言葉だった。初めて知ったのは、デザイン関係の記事からだった。一応定義に似たものをここに表記しておく。

アフォーダンス(affordance)とは、環境が動物に対して与える「意味」のことである。アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによる造語であり、生態光学、生態心理学の基底的概念である。「与える、提供する」という意味の英語 afford から造った。
アフォーダンスは、動物(有機体)に対する「刺激」という従来の知覚心理学の概念とは異なり、環境に実在する動物(有機体)がその生活する環境を探索することによって獲得することができる意味/価値であると定義される。
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上記の説明では 領域の違う人間にはよくわからない。が気になる。
ジェームズ・J・ギブソンの構築した
アフォーダンスとは「動物と物の間に存在する行為についての関係性そのもの」である。例えば引き手のついたタンスについて語るのであれば、「"私"はそのタンスについて引いて開けるという行為が可能である」、この可能性が存在するという関係を「このタンスと私には引いて開けるというアフォーダンスが存在する」あるいは「このタンスが引いて開けるという行為をアフォードする」と表現する。
(20110724まで)