2011年12月20日火曜日

道端で感じる 「孤路食」

「孤食(こしょく)とは一人で食事を取ることである。特に食事の際に孤独を感じてしまう「寂しい食事」のことである。」

最近「孤路食」(造語)の若者を街中で見かける。比率は女性の方が多い。時には小中学生年代を見かける。
通勤シーンで駅のプラットホーム、車内でサンドイッチやおにぎりを食べる光景は珍しくなくなった。特に女性が車内で「コンビニおにぎり」を食べるシーンは90年代
には殆ど無かった。この光景に関して特に異論は無い。個人的には「化粧」はどうも気に入らないが、空腹をホッておくことを考えれば自衛策としてアリだ。
時には微笑ましさも感じる。自分も経験アリだ。
ところが、最近「孤路食」一人で路ばたで喰う若年の姿が増えた。
往来の多い路や、コンコースの路影で隠れるように(でもよく見える)おにぎりやサンドイッチを食べる姿を見かけるようになった。駅などの地下通路にある柱の横で(ベンチが開いているのに)食う姿。夕暮れのコンビニの近くの電柱の影で「食う」姿。体は見えるが 頭部は柱の影になるようなちょっと腰折れのような姿勢は 自分が気がついた瞬間ドキッとする。もっとましな食事空間があるだろうと思った。なんで今この場所で とも感じた。今年はどこも節電照明のため全体に暗い。人が(女性が)一人柱の影ですこし前のめりの姿を想像して欲しい。妖気の世界にすら感じてしまう。
そういえば 通路にベンチが無いことに気がついた。特に地下通路には一休みできる空間が僅かしかないことに気がついた。通路にベンチは「不要」が常識になっている。地下鉄サリン以来ゴミ箱が激減したことは分かるが、長い通路にちょっと腰をおろす空間が無いのは何故だろう。街中にベンチを探すには少しエネルギーを必要とする。おしゃれな「座」ベンチは増えたが 有るところにしか無い。とはいえ、食事空間が全く無くなった訳ではない。この現象は一体何なんだろう。
個食が叫ばれて久しい。15年前、仕事で子供達の個食状況調査を手伝った。家族が全く別のものを食べる食卓。まだ家族があった。今 個食以上に孤食の現実が厳しい。
1971年の厚生白書で「留守家庭児童」という用語が用いられカギっ子の存在が認知された。昭和40年代以降の核家族化の進行が要因とされ40年のときが流れた。
社会の歪みは最初に「若者と高齢者」が受け取り被害者となる。
この光景に慣れそうになっている自分に警鐘を与え、ノーマライゼーション(normalization)を忘れないよう心がけたい。

2011年12月18日日曜日

映画雑談  ブレードランナー

ここではファイナル・カット (2007)版と劇場版
BLADE RUNNER: THE FINAL CUT
上映時間 117分
製作:アメリカ
ファイナル・カット版はブレードランナー製作25周年となる2007年、これを記念してリドリー・スコット監督が自ら新たに再編集したバージョン。

監督:リドリー・スコット
製作:マイケル・ディーリー、チャールズ・デ・ラウジリカ
製作総指揮:ハンプトン・ファンチャー、ブライアン・ケリー
原作:フィリップ・K・ディック
脚本:ハンプトン・ファンチャー、デヴィッド・ピープルズ
撮影:ジョーダン・クローネンウェス
特撮:ダグラス・トランブル、リチャード・ユリシック、デヴィッド・ドライヤー
音楽:ヴァンゲリス
ハリソン・フォード(リック・デッカード)
ルトガー・ハウアー(ロイ・バティー)
ショーン・ヤング(レーチェル)
エドワード・ジェームズ・オルモス(ガフ)
ダリル・ハンナ(プリス)
ブライオン・ジェームズ(リオン・コワルスキー)
ジョアンナ・キャシディ(ゾーラ)
M・エメット・ウォルシュ(ブライアント)
ウィリアム・サンダーソン(J・F・セバスチャン)
ジョー・ターケル(エルドン・タイレル)
ジェームズ・ホン(ハンニバル・チュウ)(眼球製作者)
モーガン・ポール(ホールデン)

ファイナル・カット版と劇場版は別物と考えた方が良いかもしれない。映像は同じものが多々使われているが 総合イメージは全く異なっている。
この作品は監督リドリー・スコットが何回かリメイクし今日に至っているので、ややっこしいがマニアにはたまらない「隠しネタ」の宝庫だ。
特撮の品質は1982年製作とは思えない秀逸なできばえ。アバターもインセプションも真っ青。この特撮を未体験の方は
必見!まず観て 笑って欲しい。その隠し味が たまらない。
主役のハリソンフォードは最初この作品が気に入らなかったらしい。一時期DVD化が無い!という噂が流れビデオ版を探してダビングした記憶がある。(現在は発売されている というよりいろいろなバージョンが出ている)
4年しか生きることのできない人工人間(レプリカント)は人間と区別できないが限られた生の期限に生きる。そこに感情を持った数人(6人とも5人とも。この人数が作品によって異なる)のレプリカントが反抗を試みる。この違法?レプリカントを探して処分するのがBLADE RUNNERだ。
設定されている2019年のシュールな下町が数多く描かれながらストーリーは進む。この下町描写を鑑賞するだけでも愉快な旅にでた気分になれる。
大まかなストーリーは ネットに一杯アップされているので参照されたし。

2011年12月15日木曜日

横浜雑景 ラクロス

汽車道を歩いていたら、ラクロスのラケット発見!
みなとみらいのこの橋は 何時来てもわくわくするな。別世界への案内橋みたいだ。
夜景がまた 良い!

横浜市歌の真実

■横浜市歌に秘められた謎?
横浜で最もポピュラーな歌は「横浜市歌」です。

わが日の本は島国よ (わがひのもとはしまぐによ)
朝日かがよう海に (あさひかがよううみに)
連りそばだつ島々なれば (つらなりそばだつしまじまなれば)
あらゆる国より舟こそ通え (あらゆるくによりふねこそかよえ)
されば港の数多かれど (さればみなとのかずおおかれど)
この横浜にまさるあらめや (このよこはまにまさるあらめや)
むかし思えば とま屋の煙 (むかしおもえばとまやのけむり)
ちらりほらりと立てりしところ (ちらりほらりとたてりしところ)
今はもも舟もも千舟 (いまはももふねももちふね)
泊るところぞ見よや (とまるところぞみよや)
果なく栄えて行くらんみ代を (はてなくさかえてゆくらんみよを)
飾る宝も入りくる港 (かざるたからもいりくるみなと)

http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/gakusyu/sika/media/shika1.wax

この横浜市歌の作詞は「森林太郎」文豪森鴎外です。
作曲は南能衞で1909年明治42年)開港五十周年記念式典で披露されました。
この辺りについてはネットでもいろいろ資料がありますので参照して下さい。
ここでは、森林太郎がなぜ作詞を引き受けたのだろうか?という素朴な疑問に迫ってみたます。
森の日記からは「横浜市長三橋信方に頼まれた」とあります。
1909年(明治42年)3月横浜市が市長名で代理が森林太郎に作詞を依頼したことに始まります。
市長名代「三宅成城」氏が開港50周年記念事業の一つとして依頼し、森林太郎が受けるのはごく自然ことですが、何故森鴎外だったのでしょうか?
選定過程の資料は関東大震災で失われてしまい残っていません。
想像が楽しくなります。
(以前から知合い)
当時の第五代市長「三橋信方」と軍務医「森林太郎」は知り合いだったのか?
旧知の仲まではいかないにせよ何らかの繋がりがあったのでは?
という仮説を立て調べ始めました。
日記、記事等を読む限り、直接的な史実は見当たりませんでした。
傍証はかなり出てきました。
ここで素人探偵飛躍を承知で この二人の関係に迫ってみました。

■キーワードは水
「鴎外」と「三橋」をつなぐキーワードは「水」です。
さらに掘り下げれば「虎列刺(コレラ)」がこの二人を結びつけたことは間違いありません。幕末から明治にかけて、日本にとって国家存亡の危機は「コレラ」でした。
開国によって世界が航海で繋がると同時に
疫病も世界レベルになる「コレラ パンデミック」が世界を襲います。
明治に入り何度もコレラが伝搬し、中でも数回コレラが蔓延し非常事態が宣言されます。「コレラ対策」は国家の最重要課題でした。
当時の「公衆衛生」の最先端医学情報はドイツにありました
そこで森林太郎はドイツで公衆衛生を学ぶために留学します。ドイツではコレラ菌の発見者コッホ博士にも学んでいます。

公衆衛生の要は
「上下水道」の整備に尽きます。つまり「安全な水の確保」がこの伝染病の拡大を防ぐ解決法です。森は日本に戻り、上下水道の普及と『改善』を報告します。
一方、第5代横浜市長「三橋信方」もまた水の専門家でした。
市長になる前、官僚時代には横浜水道経営の立役者となり、パーマーが構築した日本初の水道経営を軌道に乗せる実績を残します。
横浜が良港として、国際都市として発展するには
安心できる大量の水確保が必須でした。
「森林太郎」「三橋信方」は共に都市経営における水道整備を同時代に担ったテクノラートでした。また、三橋信方はベルギー公使を歴任するなど外交官として国際感覚も持ち合わせていました。
そこに両者の親しい関係はなかったかも知れませんがが“信頼感”と“シンパシー”があったことは間違いないでしょう。
市歌を作る話しがあがった時、市長「三橋信方」が最初に浮かんだ人物は文壇においても活躍し始めていた「森林太郎」だったのではないでしょうか。

1909年明治42年)7月1日に横浜市歌は「開港式典」で発表されました。
式典からしばらくして
7月31日に市長三橋信方は鴎外の自宅を訪れます。
形式的には、作詞依頼等の事務は官吏三宅成城氏にまかせましたが、
無事市歌も完成し一段落した頃に訪問した訳は?
そこで話された話題は何だったのでしょうか?
当時世の中を騒がせた森の発禁問題も話しに出たのでしょうか?
それとも「水」談義だったのでしょうか。

■意外な出来事
横浜市歌は、1966年(昭和41年)歌いにくいという理由で 音階の一部を変更しています。変更には異論も多かったようですが当時の関係者の強い意向で
 子供達が歌いやすいようにという理由で変えます。
この事実には 驚きました。つい最近まで楽譜にそのことが記述されていませんでしたが、現在は記載されています。

2011年12月9日金曜日

いも(ず)る読書 森鴎外の「帝都地図」

森鴎外の「帝都地図」隠された地下網の秘密

都市伝説というのは、概ね街の記号を上手く仕立てて「ほら」を吹く。真実をまぶす絶妙な物語設定が著者の腕前になる。この「森鴎外の「帝都地図」」はまるで壮大な(江戸城)フィクションを読んでいるようだ。でもノンフィクションなのだ。
まず立ち読みをお勧めする。はまれば 一機に読み切るに違いない。
秋庭俊 さんは「東京の地下」にこだわっている元テレビ朝日ディレクター。数々の賞に輝く敏腕映像ジャーナリストだ。とにかく真偽の検証云々の前に面白い。
さすがジャーナリスト、資料の仕立て方がすごい。少なくとも私の知っているレベルの真実がたっぷり含まれているので、驚愕の真実が広がるのだ。

江戸の街は オランダ式城塞都市理論の元で築城された。その設計はイギリス人三浦按針とオランダ人ヤン=ヨーステンが深く関わっている。ドイツ中西部のミュンスターの築城図と江戸を重ねると驚くほど一致する。そしてそこには 欧州の築城技術に必須だった「地下計画」も一緒に設計されている。江戸の街は(江戸城)は多くの地下通路で結ばれていた。そしてその地下のネットワークが明治政府に受け継がれ「極秘扱い」された。
というのだ。ではそこに「森鴎外」はどう関わっているのか?
これが この本のメインテーマになる。
明治、大正時代まで詳細地図は高度な軍事機密だった。首都東京の地図も同様で、重要な軍事施設はごまかして表現されたという。その軍事的秘密を含んだ東京中心部の地図を 当時陸軍軍医のトップにいた「森林太郎」がすっぱ抜いたというのだ。
何故だ!? あとは 読んでのお楽しみ。
若干 展開に無理があるのでは という部分もあるが 概ね説得力を持つ。
この森鴎外の地図復刻版が(綴じ込み)付録になっているから徹底している。
この地図の発行年が「明治四十二年六月」となっている。1909年6月、まさに横浜が開港50周年を迎えるために森鴎外に市歌の作詞を依頼した年である。
(鴎外全集の日記に首を突っ込む。この地図に関する記述は全くない)

森鴎外の「帝都地図」隠された地下網の秘密
秋庭俊 著 洋泉社 

秋庭俊のサイト

因みに私が今追いかけている横浜市歌の謎に この本は すばらしい情報を提供してくれた。

2011年12月7日水曜日

横浜ラプソディ 横浜市歌を巡る 後編


横浜市歌に関する記録はあまりありません。残念ながら、関東大震災で多くの資料が失われてしまいました。横浜市歌ができ上がる記録を森鴎外の日記から辿ることができます。
1909年(開港50周年の年)2月に東京で市歌の打ち合せがあり、3月21日横浜市から森林太郎に市歌制作の依頼があったと書かれています。
この頃から日本全国校歌や社歌、市歌、記念歌がさかんに作られました。1907年小学校が6年間の義務教育施行、教科として「唱歌」が学校の必修になり、新しい音楽が日本中を満たし始めた時代です。校歌や市歌、社歌制作は当時花形の仕事だったといえるでしょう。
特に20世紀に入った1900年代には、こぞって全国の学校が校歌を作成しました。その受け皿が東京音楽学校だったようです。音楽学校出身 校歌作曲御三家は、山田耕筰、信時潔、そして平井康三郎です。(※私個人の調査集計)それぞれに個性が全くことなる三人でした。
東京音楽学校の御三家について簡単に紹介しましょう。山田耕筰(やまだこうさく)は、1908年東京音楽学校声楽科を卒業します。この時首席だったのが本居 長世で、野口雨情作詞『青い眼の人形』を作曲しました。この青い目の人形にまつわる『横浜ラプソディ』にも面白いつながりがありますので別な機会にご紹介します。
山田は、交響曲、オペラ、映画音楽そして詩人北原白秋と組み記憶に残る童謡を量産する天才肌でした。活動は作曲に留まらず積極的に楽団や音楽家の組織運営に乗り出します。戦前は軍歌も精力的に作り自ら軍服を着て指導したため軍部礼賛と非難され戦後戦犯論争が起ります。また、支援者との間で女性問題や運営のスキャンダルも抱え挫折しますが乗り越え、戦後も精力的に活躍します。
昭和初期、茅ヶ崎在住時に『赤とんぼ』(三木露風作詞)を作曲したことが縁で、茅ヶ崎に記念碑があります。校歌、団体歌は100曲を超えます。
信時潔(のぶとききよし)は、山田耕筰の少し後輩で、東京音楽学校予科入学後チェロを専攻しその後作曲部に進みます。
生涯1,000曲近い校歌の作曲記録が残っています。評価の高い代表作は、慶応義塾塾歌です。簡素で重厚な作風が特徴で、おそらく日本で最も多くの校歌を作曲した作曲家ではないでしょうか。山田耕筰とは作風、経歴、戦後の処し方で好対照といわれます。
平井 康三郎(ひらい こうざぶろう)は、ここで登場する作曲家の中では最も若く、戦後主に活躍しました。東京音楽学校ではバイオリン科卒業、山田が声楽、信時がチェロとそれぞれ違う音楽ジャンルというのも興味深いものです。
日本の合唱ジャンルを育てた功績者で、多くの合唱曲も作曲しています。600校近い校歌も日本全国幅広く作曲しています。横浜では滝頭小学校、菊名小学校、本宿中学校、東高等学校他10校近く残しています。中学校で歌った「人恋うは悲しきものと平城山にもとほり来つつたえ難かりき」『平城山』(narayama)の作曲が彼だったと知って驚きました。
市歌制作は、6月6日に完成という記録があります。依頼されたのが3月ですので三ヶ月の日数で作詞作曲したことになります。当時は作曲が先というケースが多く、横浜市歌も曲が先でした。
鴎外の日記には「5月2日南能衛、横浜市歌のことを相談に来る。」とありますので、この時点で譜の配分を伝えたのではと推理します。配分に合わせ、文字数を揃え6日に「南、音楽学校より電話にて予を招く。行きて、横浜市歌の譜を見て、直ちに転記す。」とその場で調整したのではないでしょうか。
歌詞が6月17日付けの「横浜貿易新聞」に発表され、開港記念日の7月1日、記念式典で出席者に披露されました。
この市歌制作に際し支払われた謝礼は、森林太郎に100円、南能衞に50円だったそうです。この金額は当時の相場でどのくらいだったのでしょうか。
森鴎外と並ぶ文豪夏目漱石が、明治26年東京高等師範学校の嘱託教師のときの年俸450円でした。明治36年(1904年)ごろの帝国大学講師の年俸は800円だったということですから、若き南能衞の謝礼は若いなりに良い方だったのではないかと想像できます。
一方作家でもあり、軍医でもあった森林太郎は明治40年45歳の時、軍医総監(少将相当官)の地位にあり月給300円プラス原稿料があり、かなりリッチだったことは間違いないでしょう。
貧乏有名人の明治代表、石川啄木は「悲しき玩具」の中で「月に三十円もあれば、田舎にては楽に暮らせると---ひよつと思へる。」と作品に残している時代です。
■最終章
南能衞は、なぜ前途有望な東京音楽学校助教授の地位を捨てたのか?確かな資料は見つかりませんでしたが、どうやら後輩の山田耕筰とは合わなかったようです。1912年山田が留学先ドイツから帰国し三菱財閥の支援も受けて東京音楽学校に戻ってくると聞いて、許せなかったのかもしれません。辞表を提出し、兵庫県の龍野市にある東洋楽器製造という会社に勤めますが教師の道が忘れられず今度は台湾で音楽指導に努めます。
彼は生涯指導者だったようです。専門はオルガンですが、楽理、和声論、音楽教授法、音楽通論等の指導に当たりました。彼の作曲は数曲しかありませんが、年配の人ならほとんど口ずさむことができる童謡を作曲しています。
 村の鎮守の神様の
 今日はめでたい御祭日
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ
 朝から聞こえる笛太鼓
作詞者は不詳ですが、どことなく横浜市歌に似ていませんか?題名は「村祭り」、文部省唱歌となり明治45年掲載されましたが、政府の決りで作詞作曲者名は無記名でしたので彼の名前は広く伝わることはありませんでした。
南が学校を辞めて移った兵庫県龍野は、南が去った後、山田耕筰のベストパートナーの一人で「赤とんぼ」を残した作詞家三木露風が育った街でもあります。歴史の皮肉かもしれません。

2011年12月5日月曜日

横浜ラプソディ 横浜市歌を巡る前編


「わが日の本は島國よ 朝日輝ふ海に 連り峙つ島々なれば あらゆる國より舟こそ通へ」と続く歌詞は、文豪森林太郎(鴎外)作詞による横浜市歌です。街のどこかでこの歌が流れると、思わず口ずさむ市民に出会うことができます。そう、平成になって音頭やブルースにもなったこの歌は日本一歌唱人口の多い市の歌といえるのではないでしょうか。
横浜市歌は小雨降る新港埠頭で行われた「開港50周年記念大祝賀会式典」で市民に披露されました。1909年(明治42年)7月1日のことです。
市民に愛されているこの市歌、作詞者鴎外は有名ですが、作曲者についてはほとんど知られていません。作曲は当時東京音楽大学助教授であった南能衞(みなみよしえ)です。何故、この二人が横浜市歌を作ることになったのか詳細は不明ですが、二人とも「反骨の精神」を持つ気概ある芸術家であったことは間違いありません。

南能衞は明治14年徳島に生まれ、この横浜市歌を作曲した時は28歳でした。作詞者の鴎外が47歳でしたから親子に近い年の差がありました。小さい頃から数学が得意で、徳島師範学校を卒業し尋常小学校教員資格を得ました。すでに徳島市富田尋常小学校訓導に任命されていましたが、休職し好きな音楽教育の道に進むことを選び東京音楽学校甲種師範科に入学します。卒業後、教員となり郷里徳島中学から和歌山師範に移り師範では初の男女混声合唱を指導します。この成果が評価され1908年、母校東京音楽学校に戻り助教授に就任します。順風満帆でしたが、数年後人事で辞表を叩き付けます。
一方、作詞の森林太郎(鴎外)は、明治大正の文豪として多くの作品を残していますが、大秀才で、二歳年齢を多く申告し帝国大学医学部に入ります。語学に堪能で、19歳で本科を卒業後陸軍軍医となりドイツに留学します。この時の異国の恋を描いたのが代表作「舞姫」ですが、軍医との二足のわらじで書いたものでした。1909年『スバル』創刊後に「ヰタ・セクスアリス」「雁」などを発表。乃木希典の殉死に影響されて「興津弥五右衛門の遺書」を発表後、「阿部一族」「高瀬舟」など歴史小説や史伝「澁江抽斎」等も執筆した夏目漱石と並ぶ文豪となります。
横浜市歌制作時、南能衞は東京音楽学校助教授になり、森林太郎(鴎外)は文学へと傾倒し始めた頃です。鴎外は、軍医の職を持ちながらも、フェノロサのもとに開設された東京美術学校(現東京藝術大学)に1889年(明治22年)美術解剖学講師となり、1892年(明治25年)9月には慶應義塾大学の審美学(美学の旧称)講師を委嘱され日本の美学の基礎を切り開きます。鴎外の偉大な遺産は、文学であり美学ですが、発禁処分、左遷、戒飭(かいちょく)後彼も人事問題で辞表を叩き付けます。
共に正義感が強く、反骨精神の塊だったようです。(後編へ)

2011年12月4日日曜日

映画雑談 黒く濁る村

黒く濁る村 2010/11/20
原題 苔 MOSS
上映時間 161分
製作 韓国
監督:カン・ウソク
原作:ユン・テホ
脚本:チョン・ジウ
撮影:キム・ソンボク
音楽:チョ・ヨンウク
出演:パク・ヘイル(ユ・ヘグク)
チョン・ジェヨン (村長 チョン・ヨンドク刑事)
ユ・ジュンサン (パク・ミヌク検事)
ユソン (イ・ヨンジ)
ユ・ヘジン (キム・ドクチョン)
キム・サンホ (チョン・ソンマン)
キム・ジュンベ (ハ・ソンギュ)
ホ・ジュノ (ユ・モクヒョン)
前評判:「シルミド/SILMIDO」のカン・ウソク監督が人気のWEBコミックを元に映画化し韓国で340万人を動員したサスペンス。
三回観る。一回目は全体をピーンと張りつめた緊張感が覆う空気の重たさに圧倒された。若干飛躍、現実には無いだろうというシーンも散見されるが概ね満足。二回目以降、いろいろ考えてしまった。
陰鬱な村の常識はずれの秩序が支配するというテーマは、東西を問わず使われるが、舞台が韓国なので日本に通じるおどろおどろしさがある。
長い間、音信不通だった父の死の知らせを受け、秘密めいた山奥の村を訪れる。村長のヨンドクが絶対的な権力を握るその村では排他的なムードが漂う。父の死因に違和感を覚えた彼は、調べるうちに、父所有の土地の名義が書き換えられ、財産も全額が引き出されていた事を知る。やがて、次々に殺人事件が起こるが…。
1978年(ベトナム戦争帰りの男がある事件に巻き込まれ、その子が彼の死の真相を追うという展開。「トンマッコルへようこそ」で北朝鮮の軍人を名演したチョン・ジェヨンが今回もみごとな演技だった。一度鑑賞あれ!
サスペンスとして十分に楽しめるのでストーリーは明かさないことにする。

隠し味として
カン・ウソク監督独特の政治批判も含まれ、1970年まで続いた代朴正熙時代の負の遺産をふまえた軍政時代の暗黒政治の警告ともとれる。
紅一点(ユソン)の存在に次代を変えるのは「女性です」ともとれる。
とにかくラスト10分はかなり多くのキーワードが隠されているの後からいろいろ考えさせられる。

2011年11月9日水曜日

TPPついて意思表明

私はTPPへの参加表明に関して 反対の意思を表明します。
素人なりの学習の結果 現在の判断です。
早計な政府判断は経済的理由のみならず日本社会の急激な変容をもたらします。
ここではシンプルな理由を明示します。
詳細に関しては様々な機会を通して表明していきます。
現在のTPP議論は「解放的」「閉鎖的」、自由対規制といった単純な構造ではありません。また、参加による経済損得○億円という物差しで測れるものではありません。
私は、現在の農業規制、医療制度、保険制度、政府調達等の現状に賛成する立場ではありません。かなり歪んだ制度ですので改革が望まれます。
しかし、日本は今回も黒船外圧による制度変更を行うのでしょうか。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は、加盟国の間で工業品、農業品を含む全品目の関税を撤廃し、政府調達(国や自治体による公共事業や物品・サービスの購入など)、知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなどにおけるすべての非関税障壁を撤廃し自由化する協定です。「すべての非関税障壁を撤廃」が原則です。例外はありません。
元々、環太平洋の小国における戦略的提携として発足し、そこにアメリカが参入し枠組みを拡大しようとして日本に勧誘を強く求めてきたものです。
この枠組みは、ヨーロッパのEU、ロシア圏のユーラシア連合同様 経済のみならずブロック制度の始まりです。アジアでは東アジア経済構想がかなり実効性をもってきましたが、前者のような強固なブロック制度ではありません。
反対理由:
TPPは事実上「日米戦略的経済連携協定」で、日本が参加することでアジアへの影響力を維持拡大する狙いがあります。TPP参加で日米の制度論議になります。これは完全にアメリカと経済(文化)ブロックを確立することに他なりません。
(私は日本のアメリカ化にある程度寛容な立場ですが、)
戦後60年の総括が行われていない我が国の総括が今始まったばかりなのに、他のパッケージメニューに目移りしてどうするのか?
初めての政権交代、しかしどうもうまく機能していない。でもこの混乱の中で戦後60年の総括を政治家も、国民も模索している真っ最中だと私は思います。
特にこの311以降の日本政府の狼狽ぶりは、まるで徳川幕藩体制崩壊の大きな要因となった「天保の大飢饉」以降の幕府に似ています。
(以下の疑問が特に湧きます)
TPP参加で日本は厳しい財政状況から脱出できるのでしょうか?
TPP参加で311を乗り越える原動力になるのでしょうか?
FTAでは何故いけないのでしょうか?
TPP参加で当面メリットを得られる業種企業群はしっかりメリットを日本国民に還元していただけるのでしょうか?
TPP参加で淘汰される業界にはまた財政出動するのでしょうか?
TPP参加は日米の価値観(制度論)のディベートになります。日本政府は日本流を主張する交渉の覚悟ができているのでしょうか?
TPP早急参加派の言うほど日本は関税障壁はあるのでしょうか?明確な日米比較をしてほしいものです。
なぜ、メディアは比較検討をし議論の材料を提供しない(できない)のでしょうか?
「すべての非関税障壁を撤廃」は単純に関税障壁撤廃ではありません。関税というモノサシで社会制度を測るアメリカのパッケージ戦略です。このパッケージ戦略はみごとですが、時のバックボーン(政府を支える企業群)の意向で動きます。小さな政府戦略の基本ですが、日本は政府の規模をどこに置くか試行錯誤中だと思います。
昨年のAPECで急に表明したTPP参加。私は今回参加保留を示す決断で
日本は「一つの切り札」を逆に持つと考えます。

2011年10月29日土曜日

映画雑談 トランスポーター123

THE TRANSPORTER123
2002,2005,2008
「トランスポーター」123
上映時間 (1)93分 (2)88分 (3)103分
製作国 アメリカ/フランス
監督:(1)(2)ルイ・レテリエ (3)オリヴィエ・メガトン
アクション監督にコリー・ユン
製作:リュック・ベッソン
スティーヴ・チャスマン
脚本:リュック・ベッソン
ロバート・マーク・ケイメン
撮影:(1)ピエール・モレル (2)ミッチェル・アムンドセン
出演:ジェイソン・ステイサム(フランク・マーティン)
フランソワ・ベルレアン (タルコーニ警部)

全三作だがもう一作くらいできそうだ。リュック・ベッソン製作・脚本のサスペンス・アクションと一般的には表されるが、これは決してサスペンスではないな。SFコメディといった風合い。
とにかく物理法則ではあり得ないシーンの連続。そのわりにかなりリアリティを感じるのは、一つだけ徹底してウソ!その他はかなりリアルに描いているから我慢できてしまう。それは、絶対に故障しない(そのくせ第一作ではささいなパンク)いつも奇麗なフランクの「車」の存在があるから。

リュック・ベッソンは車が好きで好きでたまらないのだ。というかフランス人が好きということが全てに溢れている。

高額な報酬と引き換えにワケありの依頼品であろうが正確に目的地まで運ぶトランスポーター。
三作共通のルールが“契約厳守”“名前は聞かない”“依頼品は開けない”という3つのルール。ゴルゴ13、クルーゾー警部のドライバーモードですな。でも三作共通のモチーフは強烈な親子愛だね。
三作比較(車編)
共通してリュック・ベッソンのお家芸「空飛ぶ車」
第一作はBMW735とぼこぼこになるプジョーのパトカー 途中でベンツ ボロのシトロエン 強固なルノーのトラック
第二作は なんといってもオープニングのアウディA8。アウディのPVといっても良い完成度だ。GMのHUMMER、ぼこぼこになるフォードのパトカー。ヘリを追いかけるランボルギーニ ムルシエラゴ・ロードスター。
第三作はこれまたアウディS8 ベンツ ランドローバー 
(ヒロイン?編)
第一作はクレバーなアジア系 スー・チー
第二作はけなげなアメリカ人の母 アンバー・ヴァレッタと猟奇的な殺し屋のケイト・ノタ
第三作はロシア系そばかす娘(ウクライナ) ナタリア・ルダコーワ 彼女はベンソンがNYでスカウトそたそうですが、ちょっと広末にも似ている??? 最終的にはロマンスが…
(パロディ編)
第一作は グランブルー 007
第二作は ニキータ
第三作は 007 他に見たことあるシーンがいくつかあるが 思い出せない!?
(社会背景編)
第一作はアジア系マフィアと人身売買
第二作はラテンアメリカ系マフィアと細菌兵器
第三作はロシア系大臣とアメリカマフィアの環境ビジネス
(キーワード)
第一作は用意周到
第二作は武道、格闘技全開
第三作はコミュニケーション 君は首! 料理
(レアな道具)
第一作は工具のBata plus  自転車のペダル
第二作はPANERAI LUMINOR iPod
第三作は空飛ぶアウディ SEIKOdeskclock
(舞台)
第一作はマルセイユ
第二作はマイアミ
第三作はマルセイユ、ミュンヘン、ブダペスト、そしてオデッサへ

2011年9月24日土曜日

映画雑談 パリより愛をこめて

From Paris with Love
2010年
「パリより愛をこめて」
上映時間 95分
製作国 フランス
映倫 R15+(麻薬)
監督: ピエール・モレル
製作: インディア・オズボーン
製作総指揮: ヴィルジニー・ベッソン=シラ
原案: リュック・ベッソン
脚本: アディ・ハサック
出演: ジョン・トラヴォルタ
ジョナサン・リス・マイヤーズ
カシア・スムートニアック
一度出来上がったイメージを乗り越えることは難しい。
スーパーマンで一躍有名になったジョージ・リーヴスは、スーパーマンのイメージが強過ぎて他の役が得られずスランプに陥るなか死亡した。その意味で
過去のイメージ(ジェームズボンド)を払拭したショーンコネリー
過去のイメージ(トニー)を十倍に濃縮したジョントラボルタ
今回は、ジョントラボルタの「パリより愛をこめて」を紹介する。
リュック・ベッソン プロデュース映画というだけである程度のイメージが出来上がってしまうほど、ベンソンらしい作品だ。批評家の反応は概ね否定的で興行的には失敗と言われているが、見ておいて損は無い。アメリカとフランスのパーセプションギャップをパロディにした?作品で粗雑さも演出?かと思うどんでん返しはトラボルタならではの早口台詞が活きている。
イントロだけが情緒たっぷりのフレンチで始まるが、あとははちゃめちゃ!
パリを舞台に、型破りなCIAエージェントとコンビを組むハメになった駐仏アメリカ大使館の若手職員が、派手な捜査手法に戸惑いながらも見えない巨大犯罪組織とドンパチする姿を、ハードアクション満載で描く。TAXi、トランスポーターあり、ソードフィッシュありのレンタル鑑賞なら満足いただけるだろう。
最後に 至る所にちりばめられているアメリカへの皮肉がこれまた楽しい。
ミセス(某アメリカ国務長官風?)のアホさ加減が笑える。

2011年9月20日火曜日

映画雑談 何度も美味しい「イギリスミステリー」

イギリスの私立探偵シャーロック・ホームズ、フランスの三銃士といえば何度も作品になった定番だ。日本で言えば赤穂浪士といったところか。
特にシャーロック・ホームズは英国民に熱愛されているヒーローだ。映画でもその数50作品を下らない定番中の定番といえるだろう。
一方世界的な人気歴史活劇「デュマの三銃士」は、リチャード・レスター監督 オリバーリード主演が有名だが、イギリスの制作。韓流でも日本でも制作されているのになぜか本国フランスでは制作数が少ない。
フランス版といえばエマニュエル・ベアール主演の「三銃士 妖婦ミレディの陰謀」、「ソフィー・マルソーの三銃士」など女性が絡んでいて一癖ある。特に今年ロードショーの「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」は時空の冒険?最近流行の19世紀科学たっぷりの作品になっている。(日本10月公開)
フランスの名優ジェラール・ドパルデューの「レディ・ダルタニアン/新・三銃士」はクロアチア/ドイツ/アメリカの作品となっている。世界の人気作品は本国ではあまり人気がないようだ。イギリスミステリーに話しをもどそう。
イギリス生まれのミステリーには伝統がある。コナンドイルはもちろん「ミステリーの女王」アガサ・クリスティ、ディック・フランシス、ジョン・ル・カレ、F・W・クロフツ等の名を聞いたことのある人も多いだろう。日本ではホームズよりアガサのほうが人気があると思う。映像化も多いし、話しの展開、エンタテイメントに優れているからだ。名探偵ポアロ相棒とアーサー・ヘイスティングズ(何故かテレ朝の「相棒」と重なる)、ミス・マープルは人気シリーズだった。ここにもしっかりシャーロック・ホームズが重なっているからイギリスにとってホームズ君はすごいらしい!

2011年9月17日土曜日

映画三昧ひねくれ鑑賞3「キンキーブーツ」

「キンキーブーツ」
原題/KINKY BOOTS
製作/2005年
上映時間:107分
鑑賞メディア:DVD
製作/アメリカ イギリス
監督/ジュリアン・ジャロルド
脚本/ジェフ・ディーン
出演/チャーリー・プライス:ジョエル・エドガートン
ローラ:キウェテル・イジョフォー
ローレン:サラ=ジェーン・ポッツ
ニコラ:ジェミマ・ルーパー
メル:リンダ・バセット
ドン:ニック・フロスト
ジョージ:ユアン・フーパー
ハロルド・プライス:ロバート・パフ
鑑賞日9月17日
■簡単なあらすじ
イギリスロンドン北部 ノーサンプトンの靴工場が舞台。父親の急死で倒産目前の靴工場を相続した優柔不断な息子が、ひょんなことからドラッグクイーンと二人三脚で工場の再生に奮闘する姿を描いたブリティッシュ・コメディ。
父の死により4代目社長として突然工場を引き継ぐこととなったチャーリーだったが、工場の実情は倒産寸前だった。従業員の首切りから始めるのだが、どうも納得がいかない。工場再建の道をさぐるが、紳士靴業界は完全な衰退業種。そこで目をつけたのがニッチ(隙間市場)のドラッグクイーン向けのブーツ。
そう簡単に成功する訳もなく、トライはことごとく失敗、従業員も保守的(伝統の価値観)から脱却できない。
さて 工場はどうなってしまうのか?
■ものづくりには何が大切か?
日本ではとかく職人技、匠の技というと数人の工房、マニュファクチュアルな意味で使っている場合が多いが、イギリスのウィスキーや靴、陶器などの工場を知ると、ここに勤める従業員全員の匠で成り立っていることの重要性をあらためて感じる。
■ノーサンプトン
19世紀末ノーサンプトンは世界一の靴製造産業の街だったが構造不況業種であることは間違いない。現在も紳士靴の聖地とも言われるイギリスを代表する工房が建ち並んでいる。
Trickers 
Crockett & Jones 
Church's 
John Lobb (日本語サイトもある)
Edward Green 
CHEANEY 

■ドラッグクイーン
ドラッグクイーンを含め、セクシュアルマイノリティーズのテーマもしっかり扱っている点がこの映画のサブテーマでもあるだろう。

とはいえ さすがイギリス仕立ての コメディ!笑って涙する秀作といえるだろう。

2011年9月16日金曜日

映画三昧ひねくれ鑑賞2「ツリー オブ ライフ」

「ツリー オブ ライフ」
原題/The Tree of Life
製作/2011年
上映時間:138分
監督/テレンス・マリック
脚本/テレンス・マリック
出演/オブライエン: ブラッド・ピット
ジャック: ショーン・ペン
オブライエン夫人: ジェシカ・チャステイン
祖母: フィオナ・ショウ
若きジャック: ハンター・マクラケン
R.L.: ララミー・エップラー
スティーヴ: タイ・シェリダン
鑑賞日9月15日
建築家とBBCネイチャー、ナショナルジオグラファンは見ておいた方が良い?!
建築家には アメリカの住宅建築と、現代建築のレビューに最適。(ただし20分くらい)
大自然ファンには、どこからどこまでがCGなのか分からない地球誕生の映像に感嘆することだろう。(ただし25分くらい)
ブラピ、ショーンペン ファンはあまり期待しない方が良い。でもブラピも役の幅広げたなと感心した。ショーンペーンは重要な役柄なのに今ひとつなのが残念だ。


全体を通して、キリスト教叙事詩テレンス・マリック風に仕上がっている。ストーリー理解ではなく、受け止めるしかない圧倒的映像世界が90%を占める。
カンヌ国際映画祭での初演時には拍手喝采とブーイングも同時に起こり、レビューは賛否二分したが、最終的にパルム・ドール賞をテレンス・マリックが受賞した。
美術作品にも言えることだが、予備知識無くても鑑賞できる作品と、予備知識が無いと(辛い)作品がある。また背景となる知識があると(さらに)作品の奥行きが広がるものもある。
「ツリー オブ ライフ」は、アメリカ人にどう受け止められたのだろうか?また、ヨブ記に始まる旧約聖書がちりばめられたキーワードを日常の「ユダヤ教徒」「キリスト教徒」はどう感じたのだろうか。二三度見なくては分からないが、一度見れば十分と感じる人も多いだろう。
この作品は予備知識に関心が無い人には「一度は見ておいた方が良い」寝ても良いから。予備知識を探りたい人は、十分に宿題を一杯与えてくれる作品だ。
ネタばれになるかもしれないが、「宿題」の一部を
■City of Waco のDDT散布
1950年代の郊外住宅がメインの舞台となる。場所は、アメリカ合衆国テキサス州中部、マクレナン郡の郡庁所在地であるウェーコ。この街、監督の故郷というだけではない歴史を持つ街だ。
ジョージ・W・ブッシュ前大統領時代は「西のホワイトハウス」と呼ばれたウェーコ。1916年に知的障害を抱えた10代のアフリカ系アメリカ人が白人女性殺害の容疑で有罪と宣告されたことをきっかけに、暴徒(殆どの白人系市民)により裁判所から引きずり出されて火あぶりになった「ウェーコの恐怖」と名付けられた事件で世界的に有名になった街。現在でも人種差別が底流にながれている地域だ。
■ヨブ記
映画の冒頭、旧約聖書のヨブ記38章の4節「わたしが大地を据えたとき おまえはどこにいたのか」と、7節「そのとき、夜明けの星はこぞって喜び歌い 神の子らは皆、喜びの声をあげた」が引用される。ヨブ記の全体構成のなかでこの38章は重要な位置になっている。悪魔と私(ヨブ)の対話から始まり、問いを重ねていく。そして神への問いに対し神が答える転換点がこの章である。
■グランドゼロ
一回しか見ていないので、これは見間違いの可能性もあるが、ニューヨークで建築家として活躍する(ジャック=ショーンペーン)はグランドゼロ近くの現場か、それに関わっているか?とにかく 高層階に昇るシーンと降りるシーンが印象的だった。911が背景にあることは恐らく間違いないだろう。
■アーメーン
「アーメーン!」の意味は(そのとおり!)考えてみれば、南無阿弥陀仏も(そのとおり)って感じですよね。
輪廻のような、ベンジャミンバトンのような、2001年のような 
■ツリー オブ ライフ
タイトルからして「生命の樹」、まさにアダムとイヴが追放されたエデンの園にそびえる大樹のことを示すから 今後のキリスト世界はどうなっていくのか?といった問いなのかもしれない。
■スメタナ モルダウ
贅沢にも「わが祖国」の「モルダウ」を一楽章まるまる使っている。スメタナ大好きな私にはこの上もない『お贅沢」大画面に広がる光景とあのサビが流れるなんてね。震えが来ました。よくぞここに使ってくれた!

映画三昧ひねくれ鑑賞1「上海」


「上海」
原題/SHANGHAI
製作/2010年
公開/2011年8月20日 アメリカ映画 105分
監督/ミカエル・ハフストローム
脚本/ホセイン・アミニ
出演/ジョン・キューザック
    :ポール・ソームズ/アメリカ情報部諜報員
   コン・リー
    :アンナ・ランティン(アンソニーの妻)
   チョウ・ユンファ
    :アンソニー・ランティン/「上海三合会」ボス
   菊 地 凛 子
    :スミコ(コナーの恋人)
   渡 辺   謙
    :タナカ/日本軍情報部大佐
   ジェフリー・ディーン・モーガン
    :コナー/アメリカ情報部諜報員
鑑賞日9月14日


太ったねジョン・キューザック!から始まった。2010年上海に行ってた時にポスターを見て公開を知った。見る時間的(精神的)余裕が無かったので見なかったが、上海の友人から一部情報は仕入れていた。
感想、深夜鑑賞で割引だったのでまあ許せるが、定価で見たい作品ではない。ちょっと金のかかったスパイ活劇かな?程度。
スタンド・バイ・ミーでデニー役を演じたジョン・キューザック。
主人公ゴーディの兄デニーは、アメフトのスター選手、両親から将来を期待されまたゴーディからも慕われる良き兄だったが、事故で亡くなる。
私は、クリントイーストウッド監督の「真夜中のサバナ」でジョン・ケルソー役だったジョンが好きだからなおさら太り気味(失礼)のジョンは少し残念だった。
本題に戻ります。真珠湾攻撃前夜の列強各国が租界を作る「上海」が舞台。その中でも悪玉の「日本軍」その代表(渡辺謙)と協力する上海ヤクザの(チョウ・ユンファ)と複雑な立場の妻(コン・リー)に割込む新聞記者に扮した諜報部員(ジョン・キューザック)のスパイ活劇。
外観、街並はたぶん全てCGだが、室内は本物を使っている。共にみごとに描かれている。今は無くなった上海租界のレクイエムとしては見応えがある。が、
いかんせんストーリーは 臭い!悪玉日本軍をもっと辛辣に描くのではないか?と思ったが、そこそこ(自制)なのは日本上映も視野にいれてのことか。
脇役で登場した(はぐれ)諜報部員のコナーが(真珠湾奇襲に備える)海軍の兆候に気がつくが謎の死を遂げ、その謎を解くために(ジョン・キューザック)が、魔都に乗り込む。この日本海軍の兆候を(ジョン・キューザック)が確信するがCIA本部は認めない。(認めれば奇襲にならない)これって結構ナーバスな表現だなと感じた。
この辺はネタバレしても(スパイ活劇)にはなんら影響ないのでご心配なく。
一つだけ 決定的なネタばれ!ラストシーンはまさに「カサブランカ」だった。クライマックスに失笑できるのも見どころかも。

2011年8月9日火曜日

場と座(書きかけ)

コミュニティの有り様を「場」と「座」というキーワードで考えてみる。20110822
コミュニティには「場」的な性格と「座」的な性格がある。
視点1
「場」は開放的であり
「座」は閉鎖的である
あるコミュニティに関わった時、その空間を「場」と見るか「座」と見るかで自分のスタンスが変わる。例えば
商店街は場、商店会は座だ。といえる。
商店街は来訪者に開かれているが、その運営に関わる商店会は外から見え難い。が商店会に行政や、まちづくり応援者、利用客が関わってくるとそこにまた「場」と「座」が生まれる。
美術館は場、美術界は座だ。とシンプルに捉えることができるが 状況はそれほど単純ではないことは 社会経験から理解できる。



家庭には「場」と「座」が共にある。地域にも「場」と「座」が混在する。図と地のような関係性でもあり、部分と全体の関係性でもある。特に近年、まちづくりという行政的手法の中にも、「場」と「座」の混在がある。新しい公共もまさにこの「場」と「座」のありかた論だ。公と私という分類ではなく 行政と市民の関係性を「場」と「座」で考えていく。
90年代から顕著になってきた恊働という考え、第三の選択(アンソニー ギデンズ)も方向軸を換えれば同様の視点ではないか。
そこで関心が出てきたのが「アフォーダンス」だ。アフォーダンスのキーワード
肌理こそ「場」と「座」の記号ではないかと 理解する前に直感している。(まだ思い込み)


2011年7月26日火曜日

界隈と境界

最近気になる言葉の一つに「界隈性」がある。
25年前から界隈性に関心を持ってきた自分としては おや!と思った。
どうも 行政の使うキーワードは「疑念」をえがく自分だが、
まちづくり(用語)に界隈性という言葉が頻繁に現出している。
定義
地元商店街の賑わいや生業の活気といった、生活感あふれる雰囲気を感じさせる個性的な街並みについて、界隈性が高いなどという。個々の非合理的条件が全体としては合理的にまとまっているような状態をいう。

「個々の非合理的条件が全体としては合理的にまとまっているような状態」だって。なんとみごとな表現だが、苦しまぎれともとれない。
界隈性とは「場」を前提としたある境界を示す言葉だ。

以前書いた 私の「界隈」説明文
暮らしの“場”に思いを寄せるとそこは「界隈」になる・・・
日頃、私たちは界隈という言葉を何気なく使っています。「元町界隈」「港町界隈」といった使い方をします。あるエリアに関心を持ったとき、“文化”“人”“暮らし”などの情報や、経験、印象が重なり合ったときに私たちはその場所を「界隈」と呼びます。

単純に界隈は「あたり」「付近」のことなのだ。
そこに 共有するその空間(場)がもつ 特性が交感されると「界隈感」になり
「あああの界隈ね」になる。

アフォーダンスについて考える

アフォーダンス。聞き慣れない言葉だった。初めて知ったのは、デザイン関係の記事からだった。一応定義に似たものをここに表記しておく。

アフォーダンス(affordance)とは、環境が動物に対して与える「意味」のことである。アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによる造語であり、生態光学、生態心理学の基底的概念である。「与える、提供する」という意味の英語 afford から造った。
アフォーダンスは、動物(有機体)に対する「刺激」という従来の知覚心理学の概念とは異なり、環境に実在する動物(有機体)がその生活する環境を探索することによって獲得することができる意味/価値であると定義される。
::::::
上記の説明では 領域の違う人間にはよくわからない。が気になる。
ジェームズ・J・ギブソンの構築した
アフォーダンスとは「動物と物の間に存在する行為についての関係性そのもの」である。例えば引き手のついたタンスについて語るのであれば、「"私"はそのタンスについて引いて開けるという行為が可能である」、この可能性が存在するという関係を「このタンスと私には引いて開けるというアフォーダンスが存在する」あるいは「このタンスが引いて開けるという行為をアフォードする」と表現する。
(20110724まで)